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東京地方裁判所 昭和44年(ヨ)2294号 決定

申請人 坂田隆男

右代理人弁護士 藤広驥三

被申請人 学校法人東邦大学

右代表者理事 藤原孝夫

右代理人弁護士 馬場東作

同 福井忠孝

同 森田武男

主文

申請人が、被申請人に対し、雇傭契約上の権利を有する地位を仮に定める。

被申請人に対し昭和四四年六月以降本案判決確定にいたるまで、一ヶ月金六万二二〇〇円の割合による金員を毎月末日限り仮に支払え。

申請費用は被申請人の負担とする。

理由

第一、当事者双方の求めた裁判

(申請人)

主文第一項と同旨および「被申請人は申請人に対し、昭和四四年六月以降本案判決確定にいたるまで、毎月末日限り金六万二二〇〇円および各賞与支払月の末日限り相当額の賞与をそれぞれ仮に支払え。」との裁判。

(被申請人)

「本件申請を却下する。申請費用は申請人の負担とする。」との裁判。

第二当裁判所の認定した事実および判断

当事者間に争いのない事実および本件疎明資料によると、一応次の事実を認めることができる。

(一)  申請人は、昭和三九年三月二一日被申請人大学の助教授に採用され、千葉県習志野所在の理学部に勤務し、教育および高分子物理化学関係の研究に従事し、毎月末日限りその月分の給料の支払を受けて生計を維持していたものであって、昭和四四年五月における給料月額は六万二二〇〇円(基本給六万一八〇〇円、家族手当四〇〇円)である。

(二)  被申請人大学では、昭和四四年四月一二日の入学式が学長不在のまま挙行されたことに端を発して学生との間に紛争を生じ、同月二一日学長が改めて新入生に対し挨拶を行ったところ、その席上学生側は数時間に亘って大学当局を追及し、学長に同年六月上旬開催予定の「大衆団交」に出席する旨の確認書に署名することを要求した。学長は、同年五月中旬から六月中旬まで国外旅行の予定があるとの理由で学生の要求を拒否し、学生側は怒号を繰り返し収拾のつかない状況になったので、学生部委員としてその場に同席していた申請人から学生に対し、教授会に一任してほしいとの意見を述べた。ところが、強硬な一部の学生がなおも怒号を繰り返し、発言を阻止する態度に出たので、申請人は、「諸君は解決を望んでいるのか、それとも大学を潰す気か。大学を潰すのも結構だが、そのようなことになったら諸君の能力で他に行くところがあるか。」との趣旨の発言をした。この申請人の発言は学生らを刺戟し、学生側は、学生大会の決議として、被申請人に対し、申請人の謝罪と罷免を要求してきた。

(三)  申請人は、翌四月二二日午前一一時頃から約七時間に亘り、学生大会において抗議と追及を受け、その結果同日午後六時頃から開かれた理学部教授会においても、申請人が退職する以外に事態収拾の途はないとの空気が強くなり、申請人は、止むなく同月二三日「このたび一身上の理由により昭和四四年  月  日をもって退職いたしたいので御許可くださるようお願いいたします。」との退職願を理学部長を通じて被申請人理事長宛に提出した。申請人は、上記のようないきさつで右退職願を提出したのであるから、被申請人としても申請人の退職の際の処遇については相当の配慮をしてくれるものと期待していたところ、その後の被申請人側の態度が、学生との紛争を収拾することのみに急で、必ずしも申請人の立場を十分に酌まず、その期待に副うものでなかったため、申請人は、これを不満として、同年六月八日書面をもって被申請人理事長に対し、先に提出した退職願を撤回する旨申入れ右書面は同月九日被申請人に到達した。他方、被申請人側は、理学部教授会において申請人の退職願を受理することに決し、内部的には同年六月二日に理事長の承認を得ていたけれども、申請人との関係において「願により本職を解く。」旨の人事異動通知書が申請人に宛て郵送されたのは同月一一日になってからであった。

(四)  被申請人の就業規則によると、職員の退職については、第一三条において「従業員が左の各号の一に該当するに至ったときは、その日を退職の日とし、従業員としての身分を失う。一、退職を願い出で大学が承認したとき。」(その余の各号は省略)と、第一四条において「従業員が退職しようとする場合には、所定の様式により一ヶ月前までに所属長を経て大学に退職願を提出しなければならない。前項の規定により退職願を提出した者は、大学の承認があるまで従来の業務に服さなければならない。」と規定している。

右認定の事実によると、申請人は、昭和四四年四月二三日被申請人に対し、就業規則の規定に従い、退職願の提出をもって被申請人との間の雇傭契約を合意解約したい旨の承諾期間の定めのない申込の意思表示をなしたが、その後約一ヶ月半を経過した同年六月九日にいたって右申込の意思表示を撤回し(上記就業規則の退職条項は、その文言および強行規定である民法六二七条の法意に鑑みると、雇傭契約の解約申入(告知)に関して規定したものと解することは相当でなく、申請人の本件退職願の提出も、これを一方的な解約申入の意思表示とみることはできない。)、被申請人は、右撤回の後である同月一一日に人事異動通知書をもって承諾の意思表示を発したものといわざるを得ず、申請人が退職願を提出するにいたった経緯に照らせば、申請人の右退職願撤回の意思表示は、申請人が被申請人から承諾の通知を受けるに相当な期間を経過した後になされた有効なものと認めるのを相当とするから、申請人と被申請人間において雇傭契約解約の合意は成立せず、両者間の雇傭契約関係は依然として存続しているものといわなければならない。

被申請人は、同年四月二三日理事長、学長、理事らの討議の上、申請人の退職を承認することに決したから、申請人と被申請人間の雇傭契約は同日をもって合意解約により終了したと主張するが、上記のとおり、被申請人の承認の意思表示は、同年六月一一日まで申請人に対して発信されていないのであるから、被申請人の右主張は採用の限りでない。

そうすると、申請人は、被申請人に対して未だ雇傭契約上の権利を有するものというべきであり、申請人は、被申請人から毎月末日に支払を受ける月額六万二二〇〇円の賃金によってその生計を維持しているのであるから、他に特段の事情の認められない本件では、賃金仮払の必要性もまた存在するものというべきである(ただし、賞与の仮払を求める部分については、被保全権利の疎明がない。)。

よって、本件申請は右認定の限度で理由があるから、これを認容することとし、申請費用の負担につき民事訴訟法九二条を適用して主文のとおり決定する。

(裁判官 島田禮介)

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